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【令和五年度】十六車のご紹介

今年度の頭取の想い

新型コロナウイルス蔓延に伴う行動制限が終わり、久々の通常通りの祭典の開催が出来ると考えております。この地域の特色ともいえるこの文化を安全で楽しいものとして持続的に継承していく為にも、北祭り大當番としてしっかりと担いを果たしていく所存です。

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(屋台)天峰建設
(彫刻)祥雲
(提灯・山車人形)人形工房 亀八

葵町は、自治会を中心に老若男女様々な世代の町民が、祭典の成功に向け参画・協力体制を築いている自助・共助の精神溢れる町です。本年度も安全で楽しい葵町祭りを目指し、町民で力を合わせていきます。


今年度の頭取の想い

昨年は自町内だけでしたが久しぶりの祭典で盛り上がり楽しむ事が出来ました。
今年は昨年行えなかった連合も行えると信じ昨年以上に楽しく盛り上がる祭りにしていきたいです。

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堀越下は堀越5丁の合同となり北地区の中でも比較的大きな自治会となります。
祭典には子供からお年寄りまで多くの方々が参加されて非常に盛り上がります。

屋台についてはあと数年で建造から50年となります。
途中大きな改修や細かなアップデートをしながら大切に使い続けています。


今年度の頭取の想い

天神町 天神車 頭取の足立です。天神町は大人から子供まで気軽に祭に参加でき、安全で楽しく、笑顔を通じ人を繋ぐ祭です。今年も安全衛生に注意を払いつつ、様々な方々の意見を取り入れながら、祭典開催を実現できればと思います。

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天神町は、以前は久能向(くのむかい)という町名でしたが、2002年(平成14年)に区画整理事業が始まり、2005年(平成17年)に久能から独立し、町名を天神町に変更しました。また、屋台引き回しは北地区の中でも歴史が古く、1972年(昭和47年)に春岡より屋台を譲り受け引き回しを開始し、その後1974年(昭和49年)町内有志で二代目屋台を新築し、三代目の屋台として1991年(平成3年)に手木より上の部分を改築(新築)し現在に至っています。


今年度の頭取の想い

祭典を通して多くの方が、笑顔に溢れ絆や繋がりの深まる日にしたいです。
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瑞光車は今年10周年を迎えます。
鷲巣上は緑豊かな山々や田園が広がり久野城跡の史跡あることから歴史のある地区です。
屋台には鷲巣上にちなんだ彫刻が刻まれており人形は毎年手作りで制作し、クオリティが高いと注目を浴びています。
是非ともご覧になって下さい。


今年度の頭取の想い

令和五年度の袋井北祭りが素晴らしい祭典になる事を願い、北祭りの歴史を継承していけるよう取り組んで参ります。
我が町PR豪華絢爛な山車と共に祭り青年の息の合った勇壮な引き廻しを是非見に来て下さい。


今年度の頭取の想い

地域の一大イベントとして長く続けられるよう、時代にあった祭りを目指します。

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山車は平成27年に落慶し、今年で9年目を迎えます。子どもからお年寄りまで笑顔で元気に祭典を楽しんでいます。


今年度の頭取の想い

新型コロナの影響により、試行錯誤のなかで行った昨年の経験をふまえ、地域の皆様が楽しめる祭典となるよう努めていきたいと思います。

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小さな町内ではありますが歴史は古く他町に比べて人数も少数ながら、各個人が祭典を盛り上げるべく、活気に満ちた曳き回しを行っています。
二代目天満車となり、10年の伏目の年となります。
これまでの歴史を糧とし、今後に繋げられるよう、より多くの方が楽しめる祭典を目指していきたいと思います。


今年度の頭取の想い

4年ぶりの通常開催となる事を願い、打ち合わせを重ね、大人から子供まで町民全員が楽しめるよう取り組んで参ります。
そして次に繋げていきたいと思います。

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建造 昭和56年
代表彫刻→楠柾成・加藤清正虎退治
後方→七福神
支輪廻り→十二支
天幕→水の神 音をあしらい、田にひく水、町民が健やかであるようにと願いが込められている。
建造→小栗建設
彫刻→早瀬 宏
改修→飛鳥工務店
提灯・山車人形→人形工房 亀八


今年度の頭取の想い

堀越上令和5年度頭取を努めさせていただく田邊です。祭典が自粛されていた期間、堀越上に越してきて頂いた方も多く、それに伴い子供の人数も過去最高になっております。

そう言った意味では今年が全日程で行う「初めての北祭り」になる方も多いと思われますので、そういった方々の期待に添える様、全力で精進させて頂きます。

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住民も子供も人数大幅アップの堀越上!
それは祭もそれだけ盛り上がれるって事!
自治会や子供会と協力して、久々の開催でも過去最高のお祭りを目指します!


今年度の頭取の想い

皆が安全で楽しい祭典ができるよう頑張りたいと思います。

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泉町は他町と比べれば人数は少ないですが、その分団結力がありますので、その団結力を元に今年の祭典を盛り上げていきたいと思います。

去年泉公園内に、新しい文化施設展示場(屋台小屋)ができましたので、近くによった際はご覧ください


今年度の頭取の想い

楽しく安全な祭典となるように心がける。

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北町町内の大半が坂道ではあるが祭典三日間、祭り青年、子供達が元気よく曳き回してる姿は町内のお年寄りに元気を与える。


今年度の頭取の想い


昨年は、久しぶりに屋台を曳き廻すことができました。昨年できなかったことも、今年はできるようになることが多く出てくると思います。まだまだ難しい判断が求められることが多いと思いますが、笑顔いっぱいの祭典になるようにしていきたいです。
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中久能は袋井北小学校や若葉幼稚園、袋井あそび保育園が建ち並び、日ごろからこども達の声が聞こえる明るく活気に溢れる町です。他にもコミュニティセンターやJAさんなど、北地区の多くの方に馴染みのある地域ではないかと思います。
お祭りも最初は「かさんぼこ」に始まり、「リヤカーを改造した花屋台」、「地元大工による初代瑞鳳車」そして現在の「二代目瑞鳳車」と16町の中でも比較的早い時期から屋台を
保有し、神社の祭事はもちろんのこと「子供たちのお祭り」で始めた地区と聞いています。

その反面、この数十年で最も変化のあった町でもあるかと思います。現在では住宅も増え、こども達も沢山いる元気がある町です。そして、新しく仲間になった住民たちも昔から仲が良かったように、こどもから大人まで中久能が一つになって行われる屋台の曳き廻し。
中久能瑞鳳車の笑顔溢れるこども達の顔をぜひ見に来てください。中久能にお越しの際には、昔懐かしい記憶と今の変化を感じてみてください。


令和5年度 鷲巣下鷲栄車 頭取 武田 圭司 です。

昨年の祭典においては各連合行動が自粛となり開催できませんでしたが、今年の祭典においては、各連合行動を開催する運びとなります。
今年もコロナ感染対策を徹底し安全・安心な祭典を心掛けます。
祭典当日では、鷲巣下祭青年の勇ましい姿や力強い引廻し、鷲巣下の誇る豪華絢爛な屋台をご覧いただき、子供達には楽しんでもらい思い出に残る祭典を行います。
そして十六車連合 各車連合での成功、盛大な盛り上がりを祈願致します。
北祭りが一丸となり、祭典成功へ導き、新たな第ー歩となるよう努めてまいります。
『 “お祭り大好き”な子供がたくさんいる町』
『祭典に対して 非常に情熱的で活気のある町』
それが 我が町《鷲巣下》です。

先人者の話によると、昭和40年代後半、袋井北地区内の あちらこちらで屋台を曳き廻す形での祭典が行われるようになってきた頃、鷲巣下でも昭和49年に【初代 鷲栄車/工匠 名倉建築】が建設され、日吉神社・八幡神社の両神社 神事祭典に屋台の曳き廻しが加わり新たな鷲巣下祭典が始まったそうです。

鷲巣下の住民と32年もの永きに渡り、数々の思い出を育んできた初代鷲栄車はその役目を終え、平成18年に現在の【二代目 鷲栄車/工匠 三室建築】へとその姿を大きく変え、落慶を迎えました。
この頃には 自治会から祭青年が祭典運営を全面的に任されるようになり祭青年役員を中心に祭典に対する責任感を強く意識するようになりました。
鷲巣下鷲栄車頭取も初代(高橋正門氏)から数えて今年で伍十代目(50代目) になりました。
これまでの歴史の中で 諸先輩方からの 祭典に対する考え方や 教えが、祭青年の中に着実に根付いていきました。その教えの一つが、屋台前面に位置する『欄干』に対しても表れています。
『欄干』は「屋台曳き廻し」や「練り」のときなどに祭典参加者が上がって盛り上がることがしばしばありますが、鷲巣下では『欄干は神様が鎮座する神聖な場所』として足を踏み入れないことをルールとするなど、鷲栄車歴代頭取が培ってきた伝統と理念、祭典への熱意は今も脈々と受け継いでいます。

鷲巣下祭青年の屋台に対する情熱は熱く、祭青年自らの手で入念にメンテナンスを重ね大切に扱われている二代目鷲栄車は17年経った現在も完成当初から変わることのない姿を保ち続けています。
令和元年9月には 鷲栄車の魅力を更に引き立たせることとなる 彫金装飾を祭青年の力で増設することができました。
これからも、我が町の鷲栄車は袋井一の屋台となるべく、豪華な飾付や迫力ある彫刻で見る人を魅了し続けることでしょう。

鷲巣下祭青年は袋井北地区随一の体制と団結を誇りに、昭和から平成、平成から令和へと続く鷲栄車の歴史と共に、この伝統と精神を次の世代にも受け継いでいきます。


今年度の頭取の想い

今年こそ袋井北地区祭典が実施され、以前の様な活気ある連合の復活と地域のつながり、人のつながりが1日でも早く戻ってくることを願っています。
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山科下自治会は北地区最西端の町です。元々40軒程だった世帯数がここ10年程で2倍以上の100軒余りの世帯数となり、主に若年層が多い勢いと活気のある町となっています。
屋台は昭和45年に建造された山科上の先代屋台を平成12年に譲り受け、改築や彫刻の追加を施し2代目西龍車として生まれ変わりました。
現存する北地区の屋台の中では一番古く歴史のある屋台です。
彫刻も市内では珍しい中国の彫り師による手彫りの彫刻です。
令和3年9月には新屋台小屋が完成致しました。自治会のシンボルがまた一つ新たに誕生したことは、大変喜ばしいことです。
今度また祭典ができる日を願い、子供も、青年も、年配の方々も皆が楽しめる祭りが来ることを楽しみにしております!


今年度の頭取の想い

5年ぶりの16町連合なので、袋井市民に活力が与えれるような祭典を行いたい。
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自町の、祭り青年は少人数でやってますが多町に負けない位の気持ちで祭典を盛り上げたい。


今年度の頭取の想い

昨年は3年ぶりに1日のみではありますが、祭典開催に至りました。今年は3日間の開催を実現し、子供から大人まで楽しく笑顔の溢れる祭典となるよう尽力します。

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我々の自治会は、袋井北地区の北西に位置し、賀茂神社の氏子約100世帯の地域です。
諸説ありますが、昔々、この土地に住む人が、鶴が松にとまっているところを見つけ、「非常に縁起の良いことだ」と、古くから山科上の地域を“鶴松”と呼ぶようになりました。それを象徴するかのように自町の法被には縁起物の“鶴”と“松”が大きく描かれています。